ペーロンの起こり(長崎の昔ばなし第一集より)

 長崎の夏は、ペーロンのドラやタイコの音とともにやってきます。
まい年、茂木ビワの色づくころ、三、四十人の若ものが、和船に乗りこみ、競そうする様は、勇壮そのものです。ペーロンにはこんな話がつたえられています。

 むかしむかし、台湾の南の方に、マリンガ島という島があったそうです。ここは、常夏の島で産物がゆたかであったため、島の人たちは働こうとせず、なまけてばかりでした。
 マリンガ島の王さまペールインは、なまけものの島民をきびしくしかりましたが、いっこうにききめがなく、頭をなやましていました。
 そんなある日、自然の神さまから、ペールイン王にきびしいお告げがありました。

 「よく聞けよ。宮殿の前の仁王の顔が赤くなったときは、この島が海中にしずむ知らせじゃ。そのときは、いち早く島をはなれよ」

王様は、さっそく国じゅうに知らせましたが、なまけぐせのついた島民たちは、

「そんなバカなことがあるものか・・・」

と、ほん気にせず、遊んでばかりいました。

 ある日とつぜん、数人のいたずらものがあつまって仁王さまの顔をまっ赤に塗ってしまったのです。これを知った王さまは、

「これはいちだいじ」

と、一族とけらいをひきつれて、大急ぎで島をはなれました。

 それからまもなく、大音響が起こり、島は海中へその姿を消してしまったのです。
 こうして、王とその一族、けらいだけは、やっとの思いで南シナにたどり着いたそうです。けらいたちは、この日を記念して、

「ペールイン、ペールイン」

と、船をこぎ王さまをたたえました。これが中国人によって、長崎に伝えられたということです。